2012年03月15日

成田空港 別れ


会社を辞め、それまで住んでいたマンションの部屋を引き払ったあと、僕は同じ横浜市内にある実家に身を寄ました。
地方の大学に進んだ僕は、高校を卒業して以来ずっと独り暮らしをしていたので実家での生活はとても久しぶりです。
大学卒業後は横浜に戻っていましたが、実家に顔を出すのは年に1度くらいなものだったので、実家にはもう僕の居場所はありませんでした。
決して両親との仲が悪いわけではなかったのですが、その頃には各々の日常生活がお互いの存在を抜きにして確立していたので、それは仕様のないことだと思いました。
けれど、正直言って、自分の居場所のない実家は心底くつろげる場所ではありませんでした。

僕は、ポツンとしていました。

働いてもおらず、自分の居場所もなく、社会の歯車から抜け、僕はただポツンとしていたのです。

そんな僕の心の隙間に弱虫が入り込みます。

当時、僕には気になる人がいました。
僕よりいくつか年下の人でしたが、僕よりしっかりしている人でした。
その人に出会ったのは、僕がすでに会社を辞めようと決めていた数ヶ月前のことです。
その人も僕のことを気に入ってくれていて、何度か食事を一緒にしているうちにお互いのマンションを行き来するようになりました。
ただし、僕が会社を辞めその後オーストラリアに行くことは承知していたので、お互いに気をつけながら、自分らの気持ちをそれ以上膨らませてお互いを傷つけないようにしながらのお付き合いでした。
会社を辞め、実家に身を寄せた後も、僕は毎日のようにその人と一緒に食事に出かけていました。
お互いに二人の時間が着実に尽きてきていることを感じながらも、いつもと変わらない様子で楽しい時間を過ごしていたのでした。

オーストラリアなんか行かないで、この人をもっともっと好きになろうかな。

僕は何度かそう思いました。
けれど、その人は言うのです。新しいことにチャレンジする僕だからいいのだと。そういう人だから、今一緒にいるのだと。
そして僕は思い出しました。今までの自分が好きではないからオーストラリアに行くと決めたことを。

今まで慣れ親しんでいたものを大きく変えるのは怖いことです。けれど、いつか変えなければ何も変わることはありません。
そしてそれが今であることを僕は思い出したのです。
僕は自分の臆病な気持ちをその人を好きなることで誤魔化そうとしていたようなのです。
一緒に時間を過ごしてくれているその人に対して、僕は大変失礼な気持ちになりました。
そして僕はこの時初めて本気でオーストラリアに行くことを決めたのでした。

僕はようやく飛行機のチケットの手配をしました。
実家に戻ってから10日ほど経ってからのことでした。
出発は4日後。
準備をするには十分すぎる時間です。
心の準備はすでに出来ています。マンションを引き払った時に荷物はまとめてあります。
僕は残りのその数日間を、僕のために休みを取ってくれたその人と一緒に過ごしました。

そしていよいよ出発の日。
その人は、僕を見送るために成田空港まで一緒に来てくれました。
成田空港までの電車の中、二人はいつもと変わらなぬ様子でふざけ合いながら楽しい時間を過ごしました。
というよりも、突然現れる二人の間の沈黙を避けるためにいつも以上に冗談を言い合っていたようにも思えます。
実はその前の晩、二人の不安な気持ちがついに爆発してしまい二人の間で口論となってしまっていたのです。
そんなことを繰り返したくない。そんなお互いの思いやりや心遣いが功をなして、僕らはいつもの仲の良い二人のまま成田空港に到着したのでした。

ありがとう

僕らは、「さようなら」の代わりに「ありがとう」という言葉をお互いに繰り返しました。
不思議と悲しい気持ちにはなりませんでした。その人もそのようでした。
前の晩に不安な気持ちはすべて吐き出していたからかも知れません。
“僕が日本に戻ったら・・・” とういうような話はしませんでした。もうこの時点では、僕もその人も、僕が3ヵ月で戻ってくることはないだろうことをほぼ確信していたからだと思います。

僕は卑しい人間かも知れない。自分の弱さをまぎらすためにその人を一時利用していただけなのかも知れない。
僕は何度も自問しました。
けれど、僕がその人に対する気持ちは、それまでに持ったことのないとても純粋なものだったのでした。

ゆうすけに出会えて本当によかった

僕が出国審査に向かうというその時、その人がそう言ってくれました。
それは僕がその人に対して思う気持ちとまったく同じ気持ちなのでした。
そして、お守りだと言って僕の手首にブレスレットを巻きつけた後、その人は決して作り笑顔ではないとても自然な笑顔で僕を見送ってくれたのでした。

出会えて本当によかった。
僕は飛行機の中、お守りのブレスレットをもう片方の手の指でいじりながら、その言葉を反芻していました。
そして、いつの間にか深い眠りに落ちたのでした。

僕が眩しさにふと目を覚ますと、既に僕の乗った飛行機はシドニー国際空港からほど遠くないオーストラリア大陸の上空を飛行していたのでした。

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posted by ゆうすけ at 11:44| Comment(2) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
泣けるぜよ〜〜〜〜〜〜
スイートノベンバーかよ〜〜〜
これから君をキアヌと呼ぶよ〜〜〜

仕事中にさぼって君のブログを呼んでます。
素敵な話をありがとう!!!
Posted by green at 2012年03月15日 13:27
> green さん、
僕はgreenさんのコメントを読んで思わず吹き出してしまいました(笑)。
コメント本当にありがとうございます。
Posted by ゆうすけ at 2012年03月15日 13:41
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