2012年03月16日

諦めの入国審査


心地よい響きの電子音とともにシートベルトの着用を促すランプが点灯し、僕を乗せた飛行機はいよいよ着陸態勢に入りました。
それまでは、ただのグーグルマップの衛星写真のようでしかなかった窓下の風景が、高度が下がるのと同時に動き始めたのでした。
点々と散らばった砂浜。そこには白波が打ち寄せています。
高速道路と思われる太い道。そこにはたくさんの車が走っています。
入り組んだ運河がつくる小さな入り江。そこには係留されたいくつものヨットの間に今まさに帆をあげて出港しようとするヨットが見えます。
僕は、音を立てずにひっそりと動くそれらの風景をまるで別世界のものを盗み見るように眺めているのでした。

飛行機はシドニー国際空港の上空を何度か大きく旋回した後、ゴーッという大きなエンジン音とともに地上に降り立ちました。
それと同時に、忘れかけていた僕の周りの現実の世界がガヤガヤと音を立てながらまた始まり出したのでした。

入国審査。
それまで何度か海外旅行をしたことはありましたが、片道チケットで外国に入国するのはこれが初めてでした。
僕の入国を担当した審査員は強面の大きな体をした中年の白人男性でした。
他のブースにいる審査員は皆若く、笑顔で外国人らの入国を歓迎していたのですが、この審査員だけは終始無愛想で、僕は審査を待つ列に並んでいる時から、この人に当たったら嫌だなと思っていました。
しかし、僕の番になり、誘導係が僕をその強面の審査員のブースに案内したのでした。
僕はパスポートとワーキングホリデービザのコピーをその審査員に差し出しました。
そして案の定、その審査員は僕に帰りの飛行機のチケットも提示するように求めてきたのです。
僕が「持っていません」と答えると、彼はそれまでPC画面に向けていた自分の視線を僕に向け直してその理由を尋ねてきました。
怒っているような、あきれているような、そんな様子で僕に尋ねてきたのです。
僕は、自分の精一杯の英語力と落ち着きとをもって、まだ帰国日を決めていないこと、また、日本に帰国するときはどこか他の国へ観光に寄ってから帰国するつもりでいる旨を伝えました。
審査員は僕を睨みつけました。僕はそれにうろたえない様にしっかりと彼の視線を受け止めました。
ワーキングホリデーのビザを持っていれば、帰国便のチケットを所持していなくても入国できることを僕は知っていました。しかし、それはビザが下りた際に送られてきた英語で書かれたメールに記載されていた事項であり、僕は日本語で確認したわけではありませんでした。そのため、100パーセントの確信を持っていたかと問われれば、僕はそうではなかったのでした。
審査員は再度確認するようにPC画面に目を向けます。それから再び僕の提出したワーキングホリデービザのコピーに目を通しました。
そして彼は、ふんっ、と言って、僕のパスポートに入国スタンプを押し、顎で僕に早くあっちに行けと促したのでした。

これが、僕が生まれて初めてオーストラリア人と取ったコミュニケーションでした。
僕にとってのオーストラリア人の第一印象はあまり良くないものでした。
預けた荷物を待つ間、僕は、僕の中に大きな「諦め」が芽生えてくるのを感じているのでした。

けれど、それは決してオーストラリアに対しての諦めでも、オーストラリア人に対してのものでも、そして自分に対してのものでもありません。
僕は、自分を甘えさせてくれていた自分の居た安全な環境を諦め始めていたのでした。

僕はそれまで、自分にとても甘かったと思うのです。
僕は自分を自分で常に甘やかしていました。
嫌なことには目を向けず、いつも逃げて来たように思います。
好きでもない仕事を続けていたこと。それは退屈なことでしたが、僕にはとても安全な環境でした。
大きなミスもせずに、誰からも貶されずに毎日を淡々と過ごせました。
しかし、それはもう限界だったのです。

僕は今、自分の中にある可能性にかけ、その環境を自ら抜け出し、自分の心の中に残る未発達な部分を成長させるべくようやく始動したのです。

無愛想な入国審査員は僕にそれを気付かせるきっかけになったのです。
気がついたときは、遅すぎる、と思いました。けれど、始めなければいつまでたっても未発達した部分は残るのです。

31歳。まだ大丈夫。

僕は自分にそう言い聞かせながらカスタムを後にしたのでした。

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posted by ゆうすけ at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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