2012年03月26日

遠慮をする日本人


覚悟して借りることを決めたあのお化け屋敷のような部屋でさえ、寸での差で他の人に先に借りられてしまい、僕はほとほと困っていましたが、どういうわけか全く落ち着いていたのでした。
心地良さすら感じていました。
夕食の約束のため、ダニエルとの待ち合わせ場所に向かう僕は、不思議な快感を味わっていたのです。

手持ちのカードはすべて出し切りました。それでも僕は負けたのです。
昔、会社の同僚が、パチンコでひどく負けると勝った時とは違う不思議な快感が何も考えられなくなった脳をじんわりと襲うんだ、と言っていたのを思い出します。
僕はまさにその状態にありました。
むしろ、こうなることを待っていたような気さえします。

31歳にして明確な目的も持たずに仕事を辞めました。
役に立ちそうなスキルは何も持ち合わせていません。
十分な準備もせず、何の計画も立てずに所持金5,000豪ドルだけで海外に出ました。
絶対に借りられそうにもない部屋から探しました。
すぐにでも借りられそうな部屋は最後の最後まで借りようとしませんでした。

ある意味、僕は目標を達成したのかも知れません。
何も出来ない自分を再確認すること。
僕は、自分では意識していないところで失敗することを望んでいたのだと思うのです。
そして失敗し、心の奥底ではそのことに満足していたのだと思うのです。
僕は、周囲の人達には3ヵ月で日本に戻ると言いふらしていました。
それは、僕がこうなるだろうことを最初から予期していたからだと思えるのです。

僕の直面している問題とは裏腹に、ダニエルとの食事はとても楽しいものでした。
彼のほかに、彼の友人であるナミさんという日本人女性とその旦那さんのエリックという白人男性が一緒でした。
ナミさんはもう20年近くオーストラリアに住んでいるそうで、英語はとても流暢でした。
英語での会話についていけない僕に、時折日本語で通訳をしてくれました。
僕は少し飲みすぎ、そして溜まっていた疲れからなのか、些細な冗談にも大笑いし、僕のことをほとんど知らない3人の前で、僕は自分を飾る必要もなく、ただ楽しいだけの時間を満喫していたのでした。
こんなに笑ったのは久しぶりでした。

食事が終盤に差しかかる頃、話題はそれぞれの自己紹介的なものから、僕の今後のことについてへと移っていきました。
僕が話し出すのを待っている彼らの目には、ある種独特の期待のこもった光がありました。
それは、小さい子供が、おとぎの国でこれから繰り広げられようとしている大冒険の話でも聞く時のような、そんな期待のこもった光です。
しかし、僕には大冒険をする予定もなければ、おとぎ話の中の主人公のように勇敢でも行動的でもありませんでした。
僕はそれまでの楽しい時間を失いたくなく、真剣な話はしたくないなあ、と少し残念に思いました。

しかし、僕はことの一部始終を彼らに打ち明けたのでした。
僕は、3ヵ月は何が何でも居残ろうと思っていたことや、自分の考えの甘さ、力量不足などを正直に話しました。
そして、今夜からは少し安めのホテルに移り、しばらくシドニーで過ごした後は、おそらく日本に帰国することになるだろうことを彼らに話したのでした。
僕は自分のことを彼らに話しているうちに、自分が満ち足りた気分になっていることに気付きました。
多少酔っていたとはいえ、僕が生まれて初めて自分自身のことについて茶化すことなく真剣に語り、それを彼らが真剣に聞いてくれていたからだと思うのです。

僕はようやく自分自身と和解できたような、そんな気持ちでした。それを日本を離れるまで出来なかったのを、今更ながら残念に感じられたのでした。
何か新しいことにチャレンジしたい。
そんなのは、ただ聞こえの良い言い訳でした。
僕は、自分自身の不甲斐なさに満足していなかっただけでした。
しかし、今は違う。これからは自分の思っていることを他人の目を気にせずに思うように出来る。
僕は、彼らに自分自身をさらけ出しながら、そんな自信を持ち始めたようでした。

テーブルにはもう笑いはありませんでした。
しかし、ナミさんがこう言いました。

よかったわ。

僕は、何が「よかったわ」なのか理解しかねました。
僕が不思議そうな顔をしていると、ダニエルが説明してくれたのでした。

たかが数日で、住む場所を見つけられるとは到底思えなかったこと。
万が一見つけたとしても、それは、まともな部屋ではなかったであろうこと。

待ち合わせ場所で僕を待っている間、3人はそう話し合っていたらしいのでした。
ダニエルもナミさんも、僕と同じような経験をして今に至り、この二人にも、英語を話せずに部屋探しから始めた経緯があったのです。
そして3人は、僕が変な部屋を借りなければいいと思っていたらしいのです。

使ってない部屋があるから、うちにくればいい。自分の部屋が見つかるまで居てくれていいわよ。

ナミさんがそう仰ってくれました。旦那さんのエリックも隣で頷いています。
僕は、もちろん驚きました。今日初めて会った人達です。
とてもありがたく思いましたが、僕は、ホテルに泊まるからと大丈夫です、と言って丁寧にお断りしました。
ナミさんは、遠慮することなんて何もないから、と仰ってくれましたが、正直、ホテルで泊まったほうが一人で気楽だとの思いがありました。
僕が少し困っていると、ダニエルが横から助け船を出してくれたのです。

ナミとエリックのボロ家に泊まるくらいなら、公園で野宿したほうがきっとマシだと思う。雨漏り直してないんだろう?

ナミさんとエリックが、ダニエルの言った冗談に悲鳴を上げます。
僕は、仲の良い3人を見て羨ましくなりました。

ダニエルがスーツケースを運ぶのを車で手伝ってくれるというので、僕とダニエルはナミさん達と別れ、預けていたスーツケースをホテルに取りに行きました。
スーツケースを受け取った後、いいホテルを知っている、というダニエルに行き先を任せ、車は発進しました。
長い一日でした。もう夜の10時近くだったので、とりあえず1,2泊できるところならどこでも良いように思えていました。
車に揺られるたびに、瞼が重くなっていきます。
しばらくして、車のドアが開く音とともに外気の冷たい空気が車内に流れ込みました。僕は自分が寝てしまっていたことに気付いたのでした。
僕が車の外に出ると、そこは閑静な住宅街のようでした。
僕はダニエルの姿を車の後ろに見つけました。
トランクから僕のスーツケースを取り出していたのです。
そして、彼は言いました。

話には聞いていたけど、日本人って本当に遠慮をするのな。
今日はもう遅いし、今夜はうちの余ってる部屋に泊まればいい。
もし気に入らなければ、明日の朝にでもホテルに行けばいい。

思考力をなくした僕の頭は何も考えることができず、僕は招かれるまま、彼のうちでその晩はお世話になることになったのでした。

そして、その次の日も、その次の日も、またその次の日も。

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posted by ゆうすけ at 11:58| Comment(6) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ゆうすけくん
毎回ドキドキしながら自分のワーホリ時代と重ねて読んでいます。 あなたの人柄がこんな縁を呼んでいるんですよ。  
自分を初めて向き合える、そしてちゃんと向き合えた人にだけ勇気と自信がついてくるんだと思います。
今後も楽しみにしていますね。
Posted by OLIVE at 2012年03月26日 15:27
> OLIVEさん、
コメントのやさしい文章から、OLIVEさんのワーホリもきっと素敵なものだったのだろうなと思います。
本当にコメントありがとうござました。
Posted by ゆうすけ at 2012年03月26日 16:04
はじめまして。俺は36歳をまわってから会社を辞め、家族を引き連れなんのコネも何も無くオーストラリアにやってきて、部屋探しから始めました。 学生ビザだけ取って。 最初本当に苦労しました。金銭的、精神的…いろんな逆境に負けそうになりながら、地獄の底から這い上がってきた思いです。必死に駆け回ってなんとか2週間で家を借りるところからのスタートで、現在は現地企業で働いています。 自分が何でも真剣に取り組めば、どうにかなる!どうにかしてみせる!という気持ちでした。 俺より若い世代では、いろんな考えがあると思いますが、これまでの経験・これからの経験は必ず糧になります。 自分を信じて突き進んでください。
Posted by らいよん at 2012年03月26日 20:06
> らいよんさん、
コメントありがとうございます。
真剣に取り組むこと。自分を信じること。
いつまでもそうでありたいと思います。
頑張ります。
Posted by ゆうすけ at 2012年03月26日 20:57
キアヌ〜〜
お久しぶりっこ!
半月ぶりかな、頑張ってるね^^
良い経験していて羨ましいね、恐らく、今が生きてるって実感してるんだろうね〜
キアヌと同じ年に俺は豪に一人で行く勇気は無かったな〜
だから今は社畜なのかも^^
ブログ楽しみにしてるよ!
健康ならなんとなるべよ

相変わらず仕事をサボってブログを読んでるよ^^
またね!!!!!
Posted by green at 2012年03月30日 12:56
> greenさん、
2度目のコメントありがとうございます。
greenさんが日本を離れなかったのは、勇気がなかったからなのではなく、日本を離れる必要が当時はなかったからなのかも知れませんよ。
人は必要な時には必要な行動をとるようにできているそうです。
たまには、仕事して下さいね(笑)。
Posted by ゆうすけ at 2012年03月30日 13:54
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