2012年05月08日

世界共通語


12月に入り、南半球のオーストラリアに夏が来ました。
日本の夏とは異なり、湿度の低いシドニーの夏は暑いながらも過ごしやすく、夜ともなると冷房の必要性を感じられないほど涼しくなるのでした。
それでもひと夏に数日は冷房なしでは暑くて眠れない夜もあるのだとダニエルが教えてくれました。

12月に入って始まったダニエルとの共同生活は、それまで白人と暮らしていた僕にアジアの生活習慣を取り戻させました。
靴は玄関で脱ぎ、食事は箸で頂き、夕飯には白米を炊いて、そして、目玉焼きにはやはり醤油を掛けるのです。
ルークとの共同生活は、白人の暮らしを知るのにはとてもいい機会でした。荷物を両手に持っている時など、靴を履いたまま自室まで行けるのは便利でもありました。けれど、同じアジア人と暮らし始めてみると、つくづく自分もアジアから来た人間であると思わされ、食卓に醤油差しが置かれた生活の中に僕は落ち着きを覚えずにはいられないのでした。

仕事もせずに毎日を暇で弄んでいた僕は、しばしば食事当番を自ら申し出て、ダニエルの分の夕食を僕の分と一緒に用意することがありました。
高級住宅地でもあるエリザベス・ベイに、それまでルークに払っていた家賃と同じ額の家賃で僕を住まわせてくれることになった彼への感謝の気持ちもありましたが、なにより、白人のルークとは違い、僕と同じアジア人のダニエルとは食べるものが似たり寄ったりだったので、どうせ同じようなものを食べるのなら一度に2人分を作ってしまった方が効率がよく、また、それは楽しくもあったのです。
そのうちにダニエルも、週末や仕事で疲れていない日などは僕の分の食事を用意してくれるようになり、次第に僕らは常に2人分の食事を作るようになっていったのでした。

それまでのルークとの生活では、冷蔵庫の中に常に2人分の別々の食料品がありました。例えば、卵2パック、マーガリン2箱、オレンジジュース2本、ヨーグルト2箱、食パン2斤などです。
しかし、どんぶり勘定型の僕とダニエルは、それらについてこまごました割り勘もせずに、すべてを共有のものとして、もし切れたらどちらか先に気付いた方がそれを買い足す、という形をとっていました。
そのように決めたという訳ではないのですが、一緒に暮らしてゆく中で気が付いたらそうなっていたのでした。

やっぱりマヨネーズはキューピーだよねぇ。

2人とも味の好みも一致していましたし、お互いが常識を持って生活をしていたので、それら食材費に関して不公平に感じることはありませんでした。
そして、それは食料品だけに留まらず、やがて洗剤や整髪料などの日用品の多くも共有し始め、結局、共有しないものは歯ブラシと髭剃りくらいになっていったのです。

この生活様式はお互いに楽でした。
ただし、仕事をしていな僕の方が必然的に夕食を用意する日が多く、また、僕が日本から持ち込んだ整髪料や制汗剤などを好んで使っていたので、ダニエルは僕との共同生活を始めて以来、急速に畳化し始めたのでした。
外国人が日本人のようになってゆくことを「畳化する」と言うそうです。

今日は納豆が食べたいなぁ。

噂には聞いたことはあったらしいのですが、それまで食べたことがなかったという納豆を一度ダニエルに食べさせたところ、彼は意外にもその味をたいへん気に入ったのでした。
納豆以外にも彼の畳化の兆しはいくつかありました。
僕のMP3プレイヤーからMr.Childrenを知った彼は、いくつかMr.Childrenのアルバムをダウンロードして毎日のように聞いていましたし、それまでオーストラリア人っぽい格好をしていた彼ですが、いつのまにかユニクロの店員のような格好をして会社に行くようになっていました。

なんか、あんたと住むようになってからダニエル変ったわね。

ナミさんが怪訝そうな顔をして僕にそう言います。
もともと親日家だったダニエルは、僕と暮らすようになってから更にも増して親日家になってしまったようです。
僕がチノパンの裾を折って履くと、次の日にはダニエルが同じように裾を折っていたり、女の子と遊びに行く時は、僕のカバンを借りて出かけて行ったり、彼の畳化は日ごとに色濃くなってゆくのでした。
ナミさんは冗談に呆れた顔を大袈裟にして見せて僕らを笑わせました。

そんな僕もダニエルに影響されていました。
異文化の中で長年生活している彼は、自国の文化とのバランスを取って上手に生活していました。
無理に自分をオーストラリアの文化に染めるのではなく、自分が心地の良いと思える場所を見極め、オーストラリアの文化をそこに取り入れて生活をしているのです。
彼には精神的に大人の友人がたくさんいました。自分をしっかり持った人達です。
彼らは他人に媚びることもしなければ、他人を見下したりすることもありません。
しかし、彼らは嘘を言う人にはとても敏感です。自分を持たずに異文化にただ染まろうとしている人や、理解している振りをして頷くばかりの人には見向きもしません。
自分の芯をしっかり掴んでいれば、言葉も文化も違う国でも多くの友人を持つことができることをダニエルは僕に教えてくれました。
世界共通語は自分の中にあるのです。

なあ、ゆうすけ、今日さ、君のあの帽子借りてもいい?

いくら日本人の格好をしようとも、ダニエルは日本人のようになりたいとは思ってはいません。彼は彼でありたいと思っているのです。
だから、急速に進む彼の畳化を見ても、僕とナミさんはそれをただ微笑ましく思うだけで、彼を馬鹿にすることも嫌いになることもないのです。
その文化に飲み込まれずに、また拒絶せずに、自分が自分自身でありながら心地よくその文化の中で生活すること。
きっとそう決めた訳ではなく、ここで暮らしてゆく中で気付いたらそうなっていただけなのかも知れません。
ダニエルと一緒に住んでいると、決して容易でないはずのそれがとても容易なことのように思えるのでした。

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posted by ゆうすけ at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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