2012年05月31日

初出勤と憂鬱


初出勤の朝、僕はラッシュ時の人混みの中にありながら、自分だけが別世界にいるような感覚を味わっていました。
僕は人の流れの外で、一人独立して乗換駅の構内を彷徨いました。僕の耳はとても遠く、喧騒は僕の耳には届きません。
開かれた電車の扉に人々が群がります。それは、まるで角砂糖を見つけて我先に餌にありつこうとするアリの大群のようでした。

僕は気後れしながらも、そんな彼らの後について電車の中に乗り込みました。
日本の電車とは違い、そこには電車の乗り方のルールは確立されていないようでした。扉のすぐ側で動かずにじっとしている人たちが、これから乗り込もうとしている人たちの邪魔をします。電車の奥にはまだまだ余裕があるにも関わらず、多くの人たちが扉の側で止まるのです。
僕は彼らの合間を気を付けながら通り抜け、電車の奥へと移動しました。
それまで日本時間に合わせて働いていた僕にとって、通勤ラッシュは日本を離れて以来経験することでした。

電車はゆっくりと進みました。
次の駅ではたくさんの人が降りました。通路の真ん中に立っていた僕の前後左右を人々が通り抜けて行きます。
人の流れが止まると電車は再び走り出しました。
間もなくすると電車は地下から抜け出し、車内が一気に明るくなりました。。
橋の上を電車が通ります。オペラハウスが窓の外に見えました。
僕は自分がどこへ向かっているのかも忘れ、朝日に輝く湾の上に建つオペラハウスを眺めていました。

しばらくすると、僕の降りるはずの駅に到着しました。
僕はプラットホームに降り立ちました。僕が改札へ通ずる階段を探し一瞬足を止めてしまったため、誰かが僕の後ろからぶつかってしまいました。僕は彼に謝り、そしてようやく僕の耳はよく聞こえるようになったのでした。

ピーッ!!!

駅員が笛を鳴らします。それを合図に扉は閉まり、電車はゆっくりと走り去りました。
僕は、徐々に自分が社会の歯車になりつつあるのを感じていました。
僕は周囲の人たちと同じ速度で歩き出し、改札口へと向かいました。一歩進むごとに僕の中のネジは締め付けられてゆくような気がします。そして、オフィスに辿り着く頃には、すっかりと僕は社会人の顔をしていて、元気よく初めて会う同僚らに挨拶をするのでした。

僕の働くフロアーはとても広く開放的で、大きな窓からはシドニーの中心部にある高いビル群が遠くに見えました。
銀行とはいうものの、僕の部署は行内向けのIT部に所属するため、オフィスの雰囲気は他の会社と変わらず、堅苦しさは少しも感じられませんでした。ただし、銀行と言うだけあって、セキュリティー面では他の会社よりも厳しいようでした。
どこへ行くにもセキュリティーカードが必要であったし、インターネットにも厳しい制限が掛けられているようなのでした。

僕はアジア太平洋地域を担当するチームの一員です。その銀行の支店は世界各国の主要都市にあり、そのすべての支店および本店のIT関連をここシドニーにあるIT部がサポートするのでした。
アジア太平洋地域を担当するチームの他に、夕方にはヨーロッパ地域を担当するチームが出勤し、夜にはアメリカ地域を担当するチームが出勤するようになっていました。

その日から、さっそく僕の研修は始まりました。
ヘルプデスクの仕事とは違い、電話依頼はなく、すべてシステム上で処理をしてゆく仕事です。
複雑なシステムの数々を僕はノートにメモを取りながら学んでゆきました。
日本語担当として雇われた僕は、てっきり日本語ですべてを対応するのだろうと思っていたのでしたが、どうやら銀行内の公用語は英語に統一されているらしく、東京支店とのやりとりもシステム上ではすべて英語での処理になるようでした。
日本語を使うのは、時々受ける電話やメールでの問い合わせ時だけのようなのです。

僕に出来るのかな・・・。

正直、僕はそう思っていました。
研修すら英語で行われ、僕は既にいっぱいいっぱいだったのです。

研修の他に、僕にはもう一つ行わなければならないことがありました。
それは労働ビザの申請です。
その銀行が契約しているビザコンサルタントの会社から、僕は一通のメールを受け取っていました。そのメールにはこれから僕がやらなければならないことが箇条書きされていました。
申請書に必要事項を記入することや、パスポートのコピーを用意すること、そしてビザを取るための健康診断を受けることです。

健康診断

僕はその言葉を目にして憂鬱になりました。
僕はそれまでの人生、健康診断をなるべく避けて過ごしてきました。
何故なら、僕は心臓にある障害を持っていたからです。
その障害のため、僕はそれまで色々なことを諦めてこなければなりませんでした。
生まれつきその障害を持っていた僕は、幼い頃よりどの健康診断にも引っ掛かり再検査を必要とさせられました。
けれど、過去に臨床例のないとても珍しいその障害は、再検査をしたところで、医師たちには何も分らないのです。
そして、医師たちは口を揃えて言うのです。

念のため、やめてください。

僕は小学校のプールにも、中学校のプールにも入ったことがありませんでした。
毎冬行われるマラソン大会もいつも見学でした。

何かおかしいと思うことはありますか?

医師たちは僕に聞きました。
けれど、生まれつきこの心臓で生きてきた僕にとって、何を持って“おかしい”というのかが分らないのです。
僕はいつの頃からか、病院に行くことが嫌いになっていました。
20歳を過ぎ、全く問題もなく周りの人達となんら変わりもない生活をしていた僕は、水泳を始めました。
ジョギングも始めました。それまで禁止されていたことをすべて始めました。
それから10年。僕は風邪すら引くこともなく、とても健康に毎日を過ごしていました。

おそらく、この健康診断も間違いなく引っ掛かることでしょう。
そして、僕は再検査をさせられ、医師からこう言われるのです。

念のため、やめてください。

そして、事は僕の恐れている方へと進もうとしていたのです。

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posted by ゆうすけ at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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