2012年06月08日

大人になってからの海外生活


その金曜日の朝、僕はいつも通りに出勤しました。
オフィスに着くと、僕は自分のPCを立ち上げてメールの確認をしました。
届いていた20件程のメールのそのほとんどは、数日前から引きずっていた少し厄介な案件に関するものでした。
翌月曜日は祝日だったため、僕はどうしてもその日の内にその案件を片付けてしまいたいと思いながら、それらのメールを一通一通注意深く読んでゆきました。
頭を抱えてそれらのメールを読み進めていると、新たに一件のメールが届いていることに僕は気が付きました。
そのメールの送り主の名前と件名を確認して、僕はハッとしました。僕はそれまで読んでいたメールを閉じ、今届いたばかりのそのメールを急いで開きました。

労働ビザ457が無事に下りましたことをここにお知らせ致します。また、それに伴い、あなたのワーキングホリデービザは失効しました。今後は労働ビザ457の制限を遵守して下さい。

そのメールはビザコンサルタント会社からのものでした。
添付されていた証明書には僕の名前が記載されていて、僕は思わず立ち上がりYES!!と叫んでしまいました。
ようやく労働ビザが下りたのです。
突然立ち上がった僕を周りにいた同僚たちが驚きをもって見詰めました。
少し離れて座っていた僕の上司は、僕に向かって片目を瞑って親指を立てていました。彼は人事から既にその知らせを聞いていたのです。

よしっ、今日はチーム全員でお祝いのランチに出かけよう。

上司はそう言って、チームの一人にレストランを予約するように指示しました。
あの少し厄介な案件は、上司の計らいで他のチームが引き継ぐことになり、僕は彼の勧めるまま、お昼からビールを数杯飲むのでした。

2時間に及んだ楽しい昼食会から戻ると、人事からメールが届いていました。
そのメールには、翌週から僕が正規雇用される旨が書かれていました。
そして、派遣会社からもすぐにメールが届き、契約の終了を知らせて来たのでした。

僕はついに労働ビザを取得しました。
労働ビザの期限は4年間です。更新も出来ます。つまり、僕がこの銀行をやめない限り、僕はここオーストラリアに残れることになったのです。
当初の予定では、ほんの3ヵ月間だけの滞在のはずでした。しかし、僕はいつの間にかここに残りたいと思うようになっていて、そして、ついに僕はここに残れることになったのです。

そんなの知ってたよ。だって、君はそのためにいろいろ努力してたじゃない。
でも、良かったね。本当に。

帰宅し、ビザが下りたことを僕が報告すると、ダニエルはそう言って僕の肩をたたきました。
いつも生意気なことを言う奴です。
しかし、彼は本当に知っているのでしょうか。僕がここに残れることになったのは、あの日、溺れるようにして僕の隣のレーンで泳いでいた彼のお陰だということを。
あの日、もし彼があのプールで泳いでいなければ、僕はきっとここには既にいないはずでした。彼に会わなければ、僕は当初の予定通り3ヵ月で帰国していたと思うのです。

ありがとう。

僕は彼にお礼を言いました。
何について僕が感謝をしているのかよく分っていない様子でしたが、彼は小さく頷きました。

その翌日の土曜日、僕は、新しいソファを買いたいというナミさんとエリックに連れ回され、何軒もの家具屋を訪れていました。
2人だけだと趣味の不一致から必ず喧嘩になるからと、僕が呼び出されたのです。いつもなら、これはダニエルの役目なのですが、その日のダニエルは用事があったらしく、僕が彼の代わりとしてその買い物に付き合わされることになったのでした。
エリックが、このソファがいい、と言うと、繊細な日本人にはとても理解出来ない悪趣味よねぇ、とナミさんが僕に賛同を求めます。
ナミさんが、このソファがいい、と言うと、高い割にシンプル過ぎてつまらない、とエリックが言い、2人の趣味に叶うソファはなかなか見つからないのでした。
結局その日、夕方になっても2人はソファを決めることが出来ませんでした。

あなたが悪いのよ。
君のせいだよ。

僕は2人のそんな仲睦まじい言い争いを車の後部座席から音楽のように聞きながら、彼らと初めて会ったあの夕食のひと時を思い出していました。
あの夜、僕は宿なしとなっていて、彼らは僕と初対面にも関わらず、僕を彼らの家に泊まらせてくれようとしました
もう10ヵ月も前のことなのに、昨日のことのように、それは鮮明に思い出されるのでした。
それからも僕は、この2人にはたくさんお世話になりました。夕食に招待されたり、週末旅行を共にしたり、彼らはオーストラリアにまだ不慣れだった僕を家族の一員のように扱ってくれ、僕にオーストラリアでの楽しみ方を教えてくれたのでした。

あー、今日は疲れちゃったわ。あなたの家で、ダニエルの台湾茶でもご馳走になってから帰ることにするわ。

ナミさんはそう言って、エリックに進路を変えるように指示しました。
3連休初日のその日はひどく渋滞していて、ようやく家に着いた頃には辺りはすっかり暗くなっていました。
ダニエルがもう家に帰っていてもいいはずの時間でしたが、外から見ると窓には灯りがついていませんでした。
ダニエルのお茶ってどこにしまってあったっけかな。僕はそんなことを考えながら、ナミさんとエリックの前を歩いてマンションの廊下を進みました。
2つある部屋のドアの鍵は両方とも掛っていて、やはりダニエルはまだ帰宅していないようでした。
僕はドアを開け、玄関ホールの電気を点けてから、ナミさんとエリックに中に入るように促しました。
どういう訳か2人は中に入るのを躊躇していて、それは僕を少し不思議がらせました。
ダニエルのお茶を飲みに来たのに、ダニエルがいないから、勝手に飲むのを悪いと思っているのかな。
僕はそう思いついて、すぐにお茶の準備するから、と彼らに言って部屋の奥に進みました。
そして、僕がリビングの電気を点けたその時です。

サプラーイズ!!!!

その声と共に、たくさんのクラッカーの音が部屋中に鳴り響いたのです。
そこにはダニエルをはじめ、たくさんの友人らがいて、僕の驚いた様子を見て大笑いしているのでした。
僕の後ろから、少し遅れてナミさんとエリックもクラッカーを鳴らします。
僕は何が起きているのか分らないまま、とりあえず大笑いしている彼らと一緒になって笑いました。

ゆうすけ、おめでとう! 

みんなが一斉にそう叫びます。
ひょっとして労働ビザのこと?
僕はようやくこれがダニエルの仕込んだサプライズ・パーティーだと気付いたのです。
ナミさんとエリックもグルとなって僕を一日中引きずり回して、僕を家から遠ざけていたのです。
僕の顔は急にほてり出し、自分でも真っ赤になっていることが分りました。
部屋の隅にはルークの姿もありました。相変わらず照れ屋の彼は、みんなの輪から離れて、はみかみながら僕の照れるのを遠くから見詰めているのです。

ありがとう。ありがとう。

僕は一人一人にお礼を言いながら、ルークの元へと近づきました。
仕事の量を減らして、専門学校に通っているからでしょうか。久しぶりに会うルークは以前より少しふっくらとしていました。
いつも土に汚れたジーンズ姿でいた彼は、その日は小奇麗な格好をしていて、会わないうちに何かが彼の中で変わったんだな、と僕に思わせるのでした。

ゆうすけ、おめでとう。

ルークにおめでとうを言われるのは、これが二度目でした。一度目は僕が初めてオーストラリアで仕事を得た時でした。
あの日は飲み潰れるまで2人で飲みました
あの頃は、僕よりも随分と年下に見えていた彼でしたが、彼はすっかりと変わって、年相応の教養のある落ち着いた大人の雰囲気を身にまとって僕の目の前に立っていました。
僕は何も言わずに、彼の背中をたたいて彼を称賛しました。
少し眉を上げ得意な顔をする彼を僕は微笑ましく思うのでした。

ダニエルがグラスを運んできて、そこにシャンパンを注ぎました。
全員にシャンパンが行き渡るのを確認すると、彼は改めて乾杯の音頭をとり、それに合わせてみんながグラスを合わせました。

僕は部屋を見渡し、僕のために集まってくれた友人らを眺めていました。

僕はオーストラリアでの生活にようやく根が張り出したような気がしていました。
30歳を過ぎ、不安の中で一から始めた生活が、今ようやく根を下ろしたようです。

僕の海外生活は今スタートしたばかりのように思われました。
持参した5,000豪ドルのトラベラーズチェック。それと共に僕のオーストラリアでの生活は始まりました。しかし、それは生活と言うより、旅行の延長に過ぎませんでした。
資金が足りそうにもなく仕事を始めました。しかし、それでも生活しているようには感じられませんでした。
地に足が付かず、僕は海外で生活をする振りをするばかりで、実際にはいつ日本に帰っても不思議ではないくらい、ふわふわとしていたのでした。
そして今、こんな自分を受け入れてくれている友人らに囲まれて、僕はようやく海外で生活しているのだという実感を感じるのでした。

トラベラーズチェックは、まだ1,500豪ドル分が使われずに残っていました。
それは大事なお守りのようにしまってありました。何故なら、僕はまたいつか、つまづくかも知れないからです。その時、僕はそのトラベラーズチェックを取り出して、今までのことを思い出すのです。
もしつまづいたら、また一から始めればいいのです。
もし自分次第ではどうにもならない時が来たら、その時はまた一から始めればいいのです。
ただ、僕は弱虫なので、今はそう思っていても、いざその時なると、そうは思えなくなりそうです。
ですから、そのトラベラーズチェックはずっと使わずにお守りとして取っておこうと思うのです。

ほら、ゆうすけ、一人でボーっとしてないで、こっちにおいでよ。

みんなが僕を呼んでいます。
誰かが僕の背を押し、僕はみんなの輪の中に加わります。
彼らは僕を笑顔で迎え入れ、僕もそれに笑顔で応えます。
自分らしい自分でいられること。僕はその喜びを噛みしめます。
一人悶々としていたあの頃の僕は、もう、そこには見当たらないのでした。

<<終わり>>



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posted by ゆうすけ at 13:11| Comment(22) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
え…
ゆうすけさん!
お、終わりになっちゃうんですか!?
いままでブログにコメントなんてしたことのなかった私が、つい書いちゃうくらいはまったのに…

なんだか本当に小説のようですね。
終わり方も美しく、それもまた魅力ですが、正直寂しいです…

これからも応援しています。
Posted by 緑茶 at 2012年06月08日 17:47
電車の中でウルウルしてしまいました(T^T)
以前状況が似ているとコメントしましたが とんでもない!努力と度胸と器が違いすぎました…
失礼致しましたm(_ _)m
オーストラリアに行くのがとっても楽しみになりました!ありがとうございます!
Posted by のしん at 2012年06月08日 18:11
> 緑茶さん、
コメントありがとうございます。
そして、せっかくコメントを頂いたのに、話が終わってしまって本当にごめんなさい。
後書きを数日中アップする予定です。その後のことはまだ決めていませんが、不定期に何かしらアップしようかな、と考えています。
見かけることがあったら、またコメントを下さいね。
よろしくお願いします。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月08日 19:11
> のしんさん、
わーっ、のしんさーん!
このブログに一番最初にコメントをくれたのしんさーん!
お久しぶりです。
もう飽きられたのかと思っていました。あれからも読んでくれていたんですね。
ありがとうございます。
僕は、度胸も努力も人並み以下ですよ。でも、誰も知らないオーストラリアに来て、少しは成長出来ていればいいな。
のしんさんもオーストラリアに来られるんですか?
楽しみですね。
オーストラリアでお待ちしていますよ。
本当にありがとうございました。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月08日 19:20
初めまして!ゆうすけさん。
私も、初めてのコメントが最後で残念です。先月でしたか?ゆうすけさんのブログをランキングで見つけて、ずっと楽しみに読んでいました。
私は、ギリホリも無理な年齢だったので、お気楽なお気楽な短期留学生で満足して帰国しましたが、ゆうすけさんの頑張りがいろんな人に伝わって助けてくれたのだと思いますよ。
もう一つ気になっているので聞いてもよければですが、スイミングスクールの先生は留学後はどうされたのですか?
Posted by milton at 2012年06月08日 21:04
> miltonさん、
コメントありがとうございます。
あははは、実は僕も、水泳インストラクターの友人を放ったらかしにしたまま終えてしまったなあ、と思っていたところでした。
その後も、彼女はいくつものアルバイトを続け、貯めたお金でタスマニア島旅行に出かけ、タスマニア島から戻ると、間もなくして日本に帰国しました。今は横浜にあるスポーツジムで、相変わらず水泳のインストラクターをしています。
放ったらかしにして申し訳ありませんでしたー。
ありがとうございます。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月08日 22:46
初めまして、ゆうすけさん!!
いつもブログ楽しみに読んでましたo(^-^)o

ゆうすけさんのブログ読む度に私自身、励まされたり元気をもらえてました♪♪
終わってしまって残念です!
Posted by みゆり at 2012年06月09日 00:21
> みゆりさん、
コメントありがとうございます。
そう思って頂けて、本当に嬉しいです。
僕も残念です。
今まで読んで頂いてありがとうございました。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月09日 07:02
長編大作お疲れ様でした。
とても楽しく読ませていただきました。
ゆうすけさんのまわりの人への描写がとても素敵で、良いお友達が集まる方なのだなと感じました。
これからも更新楽しみにしていますのでぜひ継続してくださいね。
Posted by at 2012年06月09日 09:17
> 結さん、
いつもコメントありがとうございます。
ツイッターは続けてゆくつもりなので、これからもよろしくお願いします。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月09日 11:30
こんにちは、ゆうすけさん。
ブログ、終わっちゃったのですね!
いつも楽しみにしていたのに残念です><
ぜひ、続編&日々の日記など楽しみにしてます♪
私も7月過ぎにはシドニーに語学留学しますので、もしかしたらすれ違うこともあるかもしれないですね^^
ゆうすけさんのブログを参考にしてがんばります!

Posted by カリメロ at 2012年06月09日 19:56
おおおおお!完結したんですね!
本当にずっと楽しく拝読してました。ありがとうございました。
今後もblogもtwitterも楽しみにしてますね (*´∀`*)
Posted by hawadaii at 2012年06月09日 22:15
> カリメロさん、
お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
あれからもずっと読んでいてくれたんですね。本当に嬉しいです。
今までありがとうございました。
シドニーで待ってまーす。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月09日 22:19
> hawadaiiさん、
コメントありがとうございます。
完結してみました(笑)。
今まで読んでくれてありがとうございます。
これからもツイッターでよろしくお願いします。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月09日 22:25
初めまして〜ですが、終わりなんですね。先月ランキングで見つけてから毎日更新されるのを待ってました。女性に比べて男性は環境の変化が苦手?と昔なにかでみたことがありました。いまもシドニーにいらっしゃるようなので大変だったろうなぁと思いながら読ませていただきました。
日課になりつつあったのに残念です。私も来年からたぶんオーストラリアです。オーストラリアのことなど、また徒然に更新されるのをたのしみにしてますね。
Posted by syana at 2012年06月10日 13:49
> syanaさん、
コメントありがとうございます。
来年からのオーストラリアは楽しみですね。
待ってますよー。
僕のブログを読んでくれて本当にありがとうございました。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月10日 14:34
こんにちは、ゆーすけさん。私、ワーホリはもう無理なので、いろいろ厳しいよなぁと思いつつも、やらなきゃわからないし、やってみようこのブログを読んでいて思いましたよ。有難うございます。たぶんシドニーですので何処かですれ違うかもしれませんね〜(*^^*)
Posted by syana at 2012年06月11日 22:35
> syanaさん、
コメントありがとうございます。
いつの日かシドニーで一緒にコーヒーでも飲みながら、syanaさんがシドニーに来た日のことを思い出話として聞いてみたいです。
お待ちしてますよ。
応援しています。
ありがとうございました。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月12日 06:39
はじめまして。
今日はじめてゆうすけさんのブログを読みました!
オーストラリアは私の大好きな国です。
初めて行ったとき、なんて素晴らしい所なんだろう、と感じたことを今でも鮮明に覚えています。
ブログは終わってしまうようですが、少しずつゆうすけさんのブログ読み返してみたいと思います!
またツィッターにコメントしたいです!
Posted by yoshi at 2012年06月14日 11:04
> Yoshiさん、
コメントありがとうございます。
ダラダラと長い文章なので、本当に暇な時にでもお読み下さい(笑)。
僕も読み返してみよっと。
ありがとうございました。
Posted by ゆうすけ at 2012年06月14日 11:25
はじめまして。終わってしまったんですね。残念・・・。
ゆうすけさんの描写がとても素敵で読みふけってしまいました。
皆さん仰るように小説のようですね!
オーストラリアにワーホリ経験のある私は身近に感じ、また私とは全く違う観点から海外生活に挑んでいらっしゃることに興味深くまた深く感銘を受けながら読ませて頂きました!!
素敵な人たちに出会いながらも、限られた期間をとても有意義に活用されてますね!さすが大人のワーホリだと思いました。お人柄ですね。
今もシドニーにいらっしゃるのでしょうか?
お元気でお過ごしください。素敵なブログをありがとうございました!
Posted by ノリーズ at 2013年02月12日 05:34
> ノリーズさん、
コメントありがとうございます。
そして最後まで御読み頂きありがとうございます。
海外で暮らす方々には、それぞれの海外生活がそこにはあるんですよね。
面白いですね。
僕は今もシドニーで暮らしています。
ノリーズさんもお元気でお過ごし下さい。
Posted by ゆうすけ at 2013年02月12日 10:20
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