2012年05月23日

面接で聞かれること


第二次面接へ進むことが決まった僕は、それまでに経験のしたことのない緊張の中にありました。緊張と言うよりは、いくら抑えようとしても勝手に膨らみ続けて今にでも破裂しそうな期待の裏側にある焦燥、と言った方が正しいのかも知れません。その面接は、僕がそれまでに経験してきたどの面接とも明らかに違う意味を持っていたのです。
もしこの仕事を得ることが出来なければ、僕は日本に帰国することになるはずでした。英語もままならず、ワーキングホリデーのビザしか持たない僕を雇ってくれるような企業がそう簡単には見つからないことを僕は既に知っていました。日本へ帰るにはまだ早すぎです。オーストラリアへ来てから出会った友人らとようやく打ち解けたばかりです。ここへ来て知った真の自分と向き合うことが出来たばかりなのです。僕には失いたくないものが、まだ思い出にしたくないものがたくさんありました。僕は、この第二次面接をどうしてもパスしたい、そう強く思っていました。生活費のためでもなく、世間の常識からでもなく、僕は自分のためにどうしてもこの第二次面接をパスする必要があると感じていたのです。

電話面接とは異なり、第二次面接はその部署のマネージャーとの面接のため、当然英語でのやり取りになることが予想されました。
僕は志望動機やそれまでの職歴を英語で伝えられるようにしておかなければなりません。僕は紙とペンを用意し、電話面接の前に書き出しておいた箇条書きのメモをインターネットにある例文などを参考にして文章に直してゆきました。そして、それを丸暗記したのです。

へー、面接するの?

その夜、一緒に食事に出かけたナミさんとエリックが興味深々で僕の書いた“台本”に目を通します。

ゆうすけったら、僕が仕事に出かける前から一日掛かりでこれを書いてたんだぜ。

ダニエルが少し呆れたように横から2人に説明しました。
英語が出来ないんだから仕様がないじゃん、と言う僕に、3人は肩をすくめて僕にいろいろと教えてくれるのでした。

ゆうすけは知らないだろうけど、オーストラリアでは、面接時に聞かれることはだいたい決まっているのよ。
今まで働いていた中で一番困難だったこと。それにどう対応をして、どんな結果になったのか。そして、そこからあなたは何を学んだのか。
作り話でもいいから、面接の日までにそれを言えるようにしておきなさいね。

ナミさんはそう言って、いくつかの例を挙げてくれました。
早口で話すナミさんを途中で何度も止めながら、僕は“台本”にメモをしてゆきました。

それにしても、これはいいことを聞きました。
もしこんな質問を突然されたら、僕はきっと言葉に詰まってしまっていたでしょう。

で、どんな会社?

僕から“台本”を奪ったエリックが、僕の書いた英文の間違いを赤ペンで直しながらそう僕に尋ねました。
僕がそのヨーロッパ資本の銀行の名前を告げると、エリックは赤ペンの手をぴたりと止めて、僕を不思議そうに見つめました。そして直ぐに、ナミさんと顔を見合わせるのでした。それから2人はそのまま、僕ではなくダニエルに顔を向けるのです。僕も2人につれられダニエルの顔を見詰めました。ダニエルはいたずらっぽく片目をつむり、そして3人は突然笑い出したのでした。僕は何が起きているのか見当もつかず、3人の笑いが収まるまで、一人キョトンとするのでした。

やだ、そこ、私が2年前まで働いていたところじゃない。早くそう言いなさいよ。

ようやく笑いの収まったナミさんが、僕にそう説明してくれました。日本語とITを得意として働けるところは、この小さい街ではどうやら限られているようなのでした。
どの部署かと尋ねるナミさんに、僕はその部署名を伝えました。そこはナミさんが働いていた部署とは異なるようでしたが、それでも同じIT傘下で、その部署とも彼女は頻繁にやり取りをしていたそうです。
ナミさんによると、そこはITの知識はほとんど必要がないけれど、ITの知識があるに越したことはないから、ヘルプデスクでの経験がある僕はかなり有利なはずだと教えてくれました。

ちょうど今度の金曜日に、その銀行で仲の良かった人が日本に帰るからって送別会があるのよ。もう、2年も前に辞めた会社だから出席するのはようそうと思っていたんだけど、やっぱり出席して様子を窺ってきてあげる。あなたが電話で話したっていう人事と日本人の子も来るわよ。

僕の期待は膨らみました。知り合いが働いていたというのは面接で有利に働くかも知れないと考えたからです。
実力と実績に欠ける僕には、願ってもいないコネクションです。
しかし、逆にいうと、これで僕はもう失敗することは出来なくなりました。
もしこれで面接に通らないとするならば、僕はきっとひどく落ち込むことになるでしょう。
ナミさんというコネを見つけて喜んだのも束の間、僕の緊張は弾けんばかりにぴんと張り出します。
残念だったね、ではもう済まされません。
失敗することの許されない面接です。
余裕の全くなくなってしまった自分に、僕は戸惑います。
けれど、そんな僕をよそに、第二次面接の日は着実に近づいているのでした。

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2012年05月22日

そして、いよいよ電話面接です。


1、2、3 ・・・
僕は自分を落ち着かせるため、3秒数えてからその電話に出ました。
受話器から明るい女性の声がしました。
人事の人間だという彼女は、早口に僕が応募者であることを確認すると、僕にそのまま切らずに待つよう指示し電話を保留にしました。
そして、少ししてから再び彼女の声が聞こえました。
どうやら今度は電話のスピーカーを通して話しているようでした。彼女の声にわずかながらエコーが掛っています。
電話の向こうには、彼女の他にも何人かいるのでしょうか。彼女は僕ではない誰かに、ひそひそと話しをします。

こんにちは。
ゆうすけさんでいらっしゃいますか?
本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。

すると突然、丁寧な日本語を話す女性が電話の向こうに現れ、これから10分程度の電話面接を始めるという旨を僕に説明するのです。
てっきり英語での面接になると思っていた僕は、その突然の日本語に驚くのと同時に、それまでの必要以上の緊張が一気に解かれてゆくのを感じました。
彼女は、淡々と日本語で自分の紹介とその部署についての説明をしてくれました。そして、電話面接とは言うものの、彼女からの質問は、簡単に僕の職歴について尋ねられるものばかりで、答えに詰まるようなものは一切なく、僕はすっかり落ち着いて応答することが出来たのでした。

ありがとうございます。質問は以上です。とてもしっかりとした日本語をお話しになるので、私の方が緊張してしまいました。

彼女は最後にそう僕に言いました。
その彼女の言葉は、派遣会社の担当者が電話面接を不安がる僕に言っていた“簡単なスキルチェックだと思うから大丈夫だよ”という言葉を僕に思い出させました。
どうやら今回の電話面接は、僕の日本語の程度を確認するためだけのものだったようなのです。

なんだよ、だったら最初からそうと言っといてくれよ〜。

面接が終わって電話を置いた僕は、ぶつぶつとそう呟きながら勢いよくベッドに倒れ込みました。
ベッドのスプリングはとても柔らかく、力を抜いた僕の身体を何度か小さく跳ね返します。
なにはともあれ、僕は無事に電話での第一次面接をパスすることが出来たのです。
人事は、次の段階のことについてその午後にメールで連絡をすると言っていました。
今度はオンラインで性格適正検査を受けさせられるようです。
僕は枕を強く抱え込みました。何故なら、僕の身体は遅れてやって来た緊張と次の段階へと進む大きな期待から小刻みに震えていたのでした。

その午後に人事から届いたメールには性格適性検査のページへのリンクが貼ってありました。
メールにあったパスワードを入力するとその検査が始められるようになっていて、僕はさっそく検査を始めたのでした。
すべて英語での4択問題で、200問くらいはあるのでしょうか。
こんな場面に出くわしたら、あなたならどうする?というような問題がずらりと並んでいます。
また、それはいくつもの章に分れていました。
そして、最後の章は英語による英語の問題でした。
次の単語の意味を以下の4択からひとつ選びなさい、というような問いです。
どの単語も初めて見る単語ばかりで、僕には一問も分りません。
辞書を使ってしまえば満点を取れる章なのでしょうが、そんなことをしては全く意味がありません。
採用する側も、僕の英語力を電話面接で既に知っているはずです。
僕は仕方なく、適当に選択肢を選んでその章を終わらせるよりありませんでした。

その性格適性検査は、僕の期待をすっかりとしぼませてしまいました。
最後の章以外はなんとか自分の思う通りに答えましたが、それでもその選んだ答えが、その職種に適当な答えなのかもよく分りませんでした。
僕は終了のボタンをクリックしてその検査を終えました。
人事に返信メールでその旨を伝え、あとは人事からの連絡を待つだけです。
僕の身体はもう震えることはありませんでした。
久々に試験を受けて落第点をもらった、そんな気分でした。

それってさ、ただ参考にするだけで、あんまり重要じゃないと思うんだよね。

週末に台湾から帰国していたダニエルが、元気のなさそうな顔をしている僕を慰めます。
僕はダニエルに英語の章の問題を開いて見せました。
難しい単語がずらりと並ぶ問いを見て彼は驚いていました。彼も知らない単語だらけだったのです。
肩をすくめる僕に、ダニエルも一緒になって肩をすくめます。

とにかく、人事からのメールを待つしかないね。

確かにダニエルの言うとおりです。ここまで、僕に出来ることはすべてやりました。
電話面接では手応えを得ることが出来たことですし、あとは指をクロスして連絡を待つのみです。

しかし、いくら待っても人事からの連絡は来ないのでした。
一週間が過ぎ、二週間が過ぎ・・・、それでも連絡はありませんでした。

3月も中旬を過ぎ、シドニーは日々秋めいてきました。
僕にはまた、求人広告に片っ端から履歴書を送りつけなければならない日々がやってきたのでした。
また一からやり直しです。
ワーキングホリデーのビザしか持たない僕を雇ってくれるところがあるのでしょうか。
僕にはもうそうは思えませんでした。
僕はベッドに身を投げ出しました。柔らかいスプリングが僕の下で僕の身体を跳ね返そうとします。
僕はしっかりとベッドの上に自分の身体を押しつけ、暴れるベッドを押さえ込みました。
そして、ようやくベッドが落ち着いたその時、僕の携帯電話がけたたましい鳴り音とともに震えだしたのでした。

あー、ゆうすけ?この間の会社なんだけどさ、来週の月曜日、第二次面接に行ける?

それは派遣会社からの電話でした。
すっかり諦めていた僕は、その第二次面接の知らせに驚くばかりです。

じゃ、午後6時に調整しておくからよろしく頼むね。面接会場の詳細はあとでメールするから。

派遣会社の担当者はそう言うと、驚いている僕を放って電話を切ってしまいました。
僕の身体は再び小刻みに震え始めます。僕は無意識に枕を探しました。しかし、枕は見当たりませんでした。
仕方なく僕は、奇声を上げてベッドの上で暴れるのです。手足をバタつかせて身体の震えを誤魔化すのです。
僕は武者震いをしていました。それは第二次面接に対してのものなのか、それともこれから押し寄せようとしている大きな波に対してのものなのかは分りません。どちらにしろ、この機会を絶対に逃してはいけないと、そう僕には思われました。

ようやく落ち着いた僕は、揺れるベッドの上で天井を眺めながら、これからすべき事をいろいろ算定し始めていました。
その翌週に行われる面接を僕はもうパスするしかないのです。もう僕は跳ね返されてはいられません。
僕は、自分のありったけの英語力と知恵とコネとを総動員して、その面接に向かい準備を始めたのでした。


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2012年05月21日

電話面接まで


仕事の契約期間も残すところあと数日になりました。
仕事の合間にインターネットで就職活動を続けていたので、いろいろな派遣会社からは週に何度か連絡をもらうのですが、やはりビザの問題が引っ掛かり、僕は面接までこぎつけることが出来ずにいました。

だったら、ゆうすけも永住権取ればいいじゃん。

周りにいる友人らは簡単に僕にそう言います。しかし、永住権を取得するのはそんなに容易なことではないのです。
ナミさんの話によると、彼女が永住権を取得したその15年くらい前までなら比較的容易に永住権を取得することが出来たようですが、永住権の取得条件は年々厳しさを増しているらしく、当時の僕にはオーストラリア人または永住者と結婚する以外、永住権を取得する術はなかったのです。
また逆に言うと、ビザの問題さえクリアしてしまえば、職種を選ばない限り、英語が不得意な僕でもオーストラリアで仕事を得ることはさほど難しいことではないようでした。
僕には社会人としての経験が10年ほどあり、短期間とはいえITヘルプデスクでの職歴も出来たので、連絡をくれる派遣会社からは永住権を持っていないことをよく残念がられたのでした。

なのでその日も僕は、どうせダメだろうと思いながら、携帯に連絡をくれた派遣会社の話を聞いていたのでした。
それは、日本でもその名前を聞いたことのあるヨーロッパ資本の銀行での仕事の紹介でした。
行内のIT部門に属する部署ではあるものの、ITの知識はそれほどなくても構わず、日本語の敬語がしっかり出来る人を探しているようでした。

確かワーキングホリデーのビザは持っているんだよね?それなら大丈夫。月曜日の朝に簡単な電話面接を10分程度したいらしいんだけど、時間はとれるかな?

僕は覚えていませんでしたが、どうやらその派遣会社の担当者とは、以前別件で話したことがあったようなのでした。
彼は僕が永住権を持っていないことを承知で、僕に連絡をくれたのです。
残念がられて電話を切られることに慣れていた僕に、その電話は希望を与えてくれました。

しかし、電話面接とは少しやっかいです。何故なら、電話だと言葉だけが頼りなので、英語に自信のない僕は、上手く受け答えが出来るか心配だったのです。

大丈夫、大丈夫。業務内容の説明と簡単なスキルチェックだけだと思うから。じゃ、午前10時に調整しておくから頼んだね。

そう言って派遣会社の担当者は電話を切ってしまいました。
僕はようやく面接をしてくれるところが現れたことを喜ぶのと同時に、数日後に行われる電話面接を既に不安に感じていました。
しかし、この機会を逃したら今度いつ面接を行ってくれるところが現れるかわかりません。
不安の上に更に“この機会を逃すな”というプレッシャーがのし掛ります。

たかが3ヵ月ほどをオーストラリアで過ごそうとしていただけの僕は、いつの間にか、日本にはまだ帰りたくないと思うようになっていました。
それは、日本よりオーストラリアが好きだから、という理由からではないようでした。
僕は単に“慣性の法則”によって、一度動き出したオーストラリアでの生活をぴたりと止めることが出来ずにいたのだと思います。
動いているものは動き続けようとするのです。
そして、それは動き始めたばかりで、まだまだ止まる気配はなかったのです。

月曜日の朝。
僕は約束の時間の30分も前から携帯電話のまで電話が鳴るのを待っていました。
机の上には、履歴書と職歴をまとめて書いておいた紙が広げてありました。
約束の午前10時になり、携帯電話の電波の受信状態をもう一度確認します。
アンテナはすべて立っています。
僕は目を閉じ、深く呼吸をして、いつ鳴り出してもおかしくない電話をじっと待ちました。
そして、10時5分。
いよいよその電話が鳴り出したのでした。

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2012年05月18日

英語の理解力と推測力


ITサポートの仕事はなかなか楽しいものでした。
自分でも分らないITの問題を手順書に沿って解決しゆくだけなのですが、電話の向こうの相手は僕のことをITのエキスパートだと思っていました。
そして僕も、問題に直面して不安になっている彼らを安心させるために、ITのことなら何でも知っているという振りをしてその対応に当っていたのです。

どうされました?大丈夫ですよ。今すぐ直しちゃいますね。

そう言いながら、全くちんぷんかんぷんな問題でも、僕は聞き取れたキーワードから急いでその問題を解決すべく手順書をデータベースから探し出すのです。
手順書はすべて英語で書かれていましたが、そもそもIT用語のほとんどはカタカナなので、その手順書を読むのに大して苦労はしませんでした。

そんなある日、いつものように僕が電話に出ると、その電話の相手は突然英語で問題解決の依頼をしてきたのです。僕は日本語専用ラインの担当だったので、それまで英語での依頼を受けたことがありませんでした。
どうやらその依頼主は、東京オフィスに出張で来ていた人らしく、東京オフィスから電話を掛けていたために僕の担当する日本語専用ラインに繋がってしまったようなのです。
戸惑う僕にお構いなしで、彼は自分の直面している問題を説明し続けました。
英語を聞く心の準備が出来ていなかった僕は、当然彼が何を言っているのかさっぱり分りませんでした。それでも、あるシステムの名称やパスワードなどの単語が彼の口から何度か繰り返されていることに気付き、きっとパスワードを忘れてしまったか、誤って入力してしまったため、そのシステムにログインすることが出来ないのだろうと僕は推測出来たのでした。
僕がそのシステム上の彼の情報を確認してみると、案の定、間違ったパスワードが3度繰り返し入力されていて、ロックされてしまっていたのでした。
僕はそのロックを解除し、彼に新しいパスワードを与えました。

無事に対応を終え、僕がその電話を置くと、すぐにまた彼からの電話が鳴りました。今度はメールが受信出来ないと言うのです。
先ほどの電話対応で僕の英語能力を知った彼は、今度は丁寧にゆっくりと問題の詳細を説明してくれました。
メールが受信できないという事象はよくあり、簡単な設定ミスによるものなので、僕は彼にその設定を変更するように伝えました。

右下にあるオフラインの表示をクリックしてオンラインに変更してください。

英語で書かれている手順書を僕はそのまま彼に読みました。
そして、メールを受信出来るようになった彼は、“アリガトウ”と日本語で僕にお礼を言って電話を切ったのでした。

ゆうすけ、英語でも十分対応出来るじゃないか。

僕が何度も英語で電話に出ているのを不思議に思ったのか、いつの間にかマネージャーが僕の後ろでその様子を窺っていたのでした。
感心したようにそう言う彼に、僕は何と応えればよいのか分りませんでした。
確かに僕はなんとか英語で対応は出来ました。しかし、それは自分で納得できる対応ではなかったのです。
鍵になる単語を拾って、僕は相手の意味することを推測していたに過ぎずません。相手の言っていることを理解していたわけでは決してないのです。

考えてもみれば、僕はいつもそうでした。
友人らと食事をしていても、僕は彼らの言うことのほとんどは何を言っているのかを理解していませんでした。
聞き取れたキーワードからそれまでの自分の経験と照らし合わせて、こんなことを言っているのだろうと勝手に推測していただけです。
そのため、前置きもなく突然される質問には間違えて答えてしまうことが多々ありました。

それでいいんだよ。ここには障害対応依頼の連絡しか入らないんだ。
それに相手はIT素人だ。彼らが何を言っているのか僕にさえ分らない時がある。それを推測するのも僕らの役目さ。

確かに、マネージャーの言う通りなのかも知れません。
日常の会話と違い、ここへ連絡してくる人と僕らの会話には、常に“ITの問題”という前置きが存在していました。
キーワードさえ拾うことが出来れば、そこから問題を推測するのはそれほど難しくはないようです。
日本語で受ける障害対応の連絡ですら僕にはちんぷんかんぷんなのですから。

今度、英語専用ラインが忙しい時、こっそり取ってみようかな。

僕は英語での電話対応もしてみたくなりました。
そしてその数日後、僕は実際に英語専用ラインの電話に出てしまったのです。
まさかそのことが、その後の僕の就職活動にとても大きな影響を与えるとは知らずに、僕はいたずらっ子のように英語専用ラインの電話に出ては、そのスリルを楽しんでいたのでした。

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2012年05月17日

典型的な日本人留学生?


2月に入り、同居人のダニエルは、旧正月を台湾にいる彼の家族と一緒に過ごすため、3週間家を留守にしました。
オーストラリアに来て以来ずっと誰かと一緒に暮らしていた僕にとって、久しぶりの一人暮らしでした。
日本では長年一人で暮らしていたので、その3週間はダニエルに気兼ねすることなくさぞかし気楽だろうと少し期待をしていたのですが、実際には決してそうではありませんでした。
日本時間に合わせて働いていた僕は夜の8時近くに家に着き、それから一人分の食事を用意して、黙々と寝るまでの時間を一人で過ごすのです。
大人しいルークをからかって遊んだり、日本から持ち込んだ僕の私物を勝手に物色するダニエルに文句を言ったりすることもありません。
一人で過ごす時間はとても長く感じられるのでした。

そんな僕とは対照的に、オーストラリアに来たばかりの水泳のインストラクターの友人は随分と賑やかな生活をしているようでした。
オーストラリアに来て最初の2週間を留学斡旋業者が用意した“ホームステイ”先で過ごしていた彼女は、語学学校で知り合った日本人のクラスメートの紹介でダーリングハーバー近くのアパートに移り住み、6、7人の日本人の女の子らと共同生活を始めていました。

あんなのホームステイじゃないですよ。空いてる部屋を留学生達に貸し出しているだけで、市街地からは遠いし、シャワーは5分間だけとか言われるし、下宿よりひどいっすよ。

どうやら彼女は、和気あいあいと家族の一員の如くホストファミリーと過ごす、あのテレビに出てくるような暖色系の灯りに包まれたホームステイ先を思い描いていたようなのでした。しかし、現実は留学生からの家賃収入を主な目的とした暖かみのない下宿先だったようなのです。

今はいいっすよ。市街地からも近いし、一人部屋じゃないですけど、合宿していると思えば楽しいっす。
今夜、お好み焼きパーティなんですよ。ゆうすけさんも来られますか?あっ、ダメだ。男子禁制だった。

合宿所か・・・。
体育会系の彼女らしいその発想に、僕は微笑まずにはいられませんでした。
語学習得を目的としていない語学留学生の彼女は、日本人の友人らと過ごすオーストラリアのほうが現地の人達や他の国からの留学生と過ごすことよりも楽しいようなのでした。
“典型的な日本人留学生”と批判の対象になり得るそんな彼女の生活でしたが、彼女の割り切り方がたいへん気持ちよく、男子禁制でなかったらそのお好み焼きパーティーに参加したかったなと、退屈な一人暮らしをしていた僕は思うのでした。

また、僕には彼女のことを批判することは到底出来ませんでした。何故なら、彼女はそう割り切りながらも、次々と仕事を見つけ出しては放課後を忙しくさせ、自分を1分たりとも退屈させていなかったのです。
彼女は週に2日、全国チェーンのスポーツジムで水泳のインストラクターをしているだけではなく、どこで見つけてきたのか、個人経営のボディビルダー専門のスポーツジムでも働き始め、更には近所のカフェでも週に何日か働いていたのでした。

掃除しているだけですよ。でも、ラテアートなんかも出来るようになったんですよ。へへへ。

彼女の生活力には圧倒されてしまいます。
オーストラリアに来ると聞いたときは、きっと彼女は僕におんぶにだっこのようなことになるのだろうと予想していたのでしたが、それは全くの僕のおごりでした。
ワーキングホリデーの若い女の子達に混じって生活していても、やはり彼女は僕よりずっと大人で、一人でも生活してゆける人だったのです。
資金に余裕のある彼女は、お金に困っているわけでもないのにいくつもの仕事を掛け持ちして、オーストラリアで過ごす時間を大切に使っていました。
そんな彼女に比べ、僕はルークやダニエルに甘えてばかりいて、一人になったとたん退屈してしまうのです。

じゃ、これから寿司屋のバイトの面接なんで、また来週にでも連絡しますよ。

そう言ってカフェを離れる彼女の後ろ姿を見つめながら、僕はもう一杯コーヒーを注文してその土曜日の午後の暇な時間をどう潰そうかと考えるのでした。

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posted by ゆうすけ at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ワーキングホリデー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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